神山の農業を推し進める、町役場・NPO・JAの新しい関係性
「産地として力を持つために、皆が協力していかないと」
令和元年 6月21日
すだちや梅をはじめ、様々な果樹や野菜が作られている神山町。しかし、生産量も年々減少。また、生産者の高齢化や跡継ぎ不足による耕作放棄地の増加など、多くの問題を抱えています。そんな中、町役場・NPO法人『里山みらい』・JA名西郡神山センターの三者による協定がこの春結ばれ、新たな展開も生まれようとしています。今回は産業観光課の松本秀明さん、鬼籠野ですだち農家を営む佐々木宗徳さん、JAにお勤めの後藤正平さんにお集まりいただき、お話を伺いました。神山の農業は、これからどのように進んでいくのでしょうか。
ここ10年で大きく変わりました
松本さん(以下 松本) 産業観光課農業係をしております、松本秀明と申します。この係になって7年目です。役場に入ってから半分くらいは、産業課で仕事をしてきました。
出身は神領です。私の家もお米と梅の兼業農家で、子供の頃から当たり前のように農業が近くにありました。
佐々木さん(以下 佐々木) 鬼籠野ですだち農家をやっている、佐々木宗徳です。僕のお爺さんが、神山で初めてすだちを生産し始めたといわれています。
僕自身は24歳くらいから農業をし始めました。最初の頃は全然儲からなくて、しんどい思いもしたんですけど(笑)。ネット販売してみたり、周りでも後継者が増えてきたりして、段々と流れが変わり今に至る感じですね。
また、『里山みらい』というNPOの理事長も去年からやらせてもらっています。
後藤さん(以下 後藤) JA名西郡神山センターの後藤正平と申します。私は農協に入って、11年目になります。最初は販売課の方に配属され、色々と販売物を見てきました。うちも僕が小学校の頃までは農業をしていたんですが、その後はやめてしまいまして。農協にいながら農業に携わってこなかったという葛藤もありましたが、農家の人にご指導いただきながら、これまでやってこれました。
ー神山の農業の現状を教えてください。
後藤 ここ10年で大きく変わりました。目に見えて分かるんは生産量ですね。出荷物を日に日に見ていると、それをすごい感じまして。例えば梅とかだと、出荷量の減少がすごく大きいんです。僕が農協に入った頃だと、集荷に行くと一軒でコンテナ50杯とか出してた家が、出してなかったりとか。
すだち農家さんとかでも、「あれ? この家出よらんなあ」とか思ったら、怪我してできんようになったとか。当然、農家さんの年齢が高齢化していっているという問題もあると思います。
松本 数字的に調べてみたら、神山町内は多いときで梅の出荷量が、年間1500tくらいあったんです。それが今、80tないくらい。約20分の1ですね。昔は梅の方が多くて、あんまりすだちの生産って多くなかったんですよ。役場に入った最初の頃は、すだちより梅のPRに出ていくことが多かったですし。
佐々木 ちょっと前に運送屋で働いとる知り合いが言うとったけど、昔は朝夕と2回は梅を集荷しに行きよったんでしょ。今は全然ないっていう話で。
松本 一番良いときは、「落ちとるやつを拾ってでもお金になる」っていうくらいの時期もありましたからね。
ーそこからすだちの出荷量が逆転していった?
松本 元々、すだちはあったんですよ。統計でいうと、平成2年に年間2230tで出荷量が一番多い。そこから次第に減ってきて、今は1000tくらいまで減ってきています。
これは県内産自体が減ってきてるんですよね。神山は県の生産量の25%くらいを占めてるんですが、その割合は変わってないので。だから県内どこ見ても、平成入ったくらいで一気に増えて、そのあと少なくなったんでしょうね。
佐々木 平成14年あたりは、すだちの値段がすごい安かったんですよ。多分、そこでやめてしまった人は沢山いてると思う。
後藤 ここ5,6年ですか。ある程度、値が戻って安定してきたのって。
佐々木 まあ、安定してきたかなあ。
松本 すだちだけしよった人って、昔は殆どおらんかったですよね?
佐々木 多分、おらんでしょうね。うちも色々しよったし。
後藤 やっぱり農協扱いでも、一番多いのはすだちです。でも、単価は良くなったけど、取扱数量はぐっと減っています。さっきも言ったように、農家さんが高齢になり、手入れできなくなったっていう話は多いですね。
松本 担い手のことや耕作放棄地のことは、課題として常にありますよね。
協定を結ぶことで、新しい展開が生まれてくる
松本 そういったなかで、来年から『里山みらい』が農業研修生を受け入れて、担い手として育成する仕組みを作ろうとしています。で、そういう研修をするときの一番の問題は指導者なんですが、ちょうど良い所に宗徳さんがいてくれて(笑)。
それに向けて、町と里山みらいと農協の三者で協定を交わすんです。
ーどういう協定ですか?
松本 具体的な取り決めは、はっきり言ってないんですよ。ただ、例えば里山みらいが農協の力を借りたいっていうときに、農協側は協力したくても、ひとつのNPOに肩入れしづらいんですよね。それを協定を交わすことによって、協力できるというお墨付きが欲しかったというか。
で、今後はどんどん助けてもらったり逆に力を貸したりと、協力しあえるんかなと思ってるんです。
後藤 農協には農協のスケールで販売とかもやっているんですけど、やっぱり小回りが利きにくいっていう葛藤もあるんですよね。それを今回、三者で協力体制を作ることができて、新しい展開も生まれてくるんじゃないか、と可能性を感じています。細かい内容っていうのはないんですが、協定を結んだので、農協も協力しやすいですし、嬉しいことですね。
佐々木 育成事業の話をいただいたときに、自分が就農した頃のことを思い出しました。親父からもらえる給料っていうのが本当に少なかったんですよ。小遣いやん、みたいな(笑)。
松本 (笑)。
佐々木 面積を増やして収穫量増やさんことには収益は上がらんので、今考えたらそりゃそうやなって(笑)。けど、この研修制度があれば、給料をもらいながらノウハウを学ぶことができるんで、良いと思うんですよね。
やっぱり、農協が活気づいてもらわんと
ー佐々木さんと農協との関係性は?
佐々木 里山みらいの設立当初から、東京の飲食店に僕らすだち農家が直接営業に行くってことをやってまして。今年行ったら4年目ですかね。で、去年くらいから大口の注文が取れるようになったんですけど、僕らが扱ってる量だと捌ききれなかったんですよね。そのときに初めて、農協さんにお願いに行ったんです。「足りない分お願いできますか?」って。普通、ありえない話ですよね。
僕、農協に一切すだち出してないんですよ。商品を出してない人間が農協に行ってお願いするなんて、かつての常識でいうと考えられないと思います。でも、「出しますよ」って言うてくれて。
それはすごい助かりました。
松本 本来で言うと農協が集めて売る側なのに、逆に農協から買い取ったっていう。立場が逆になったってことですよね。
佐々木 そうやね。
松本 農協って、あれだけ生産物を持ってるんですけど、営業っておらんのよな?
後藤 基本的には、各担当が市場や業者とやりとりをして、訪問も年に数回は行っています。ただ職員数の問題もあって、営業を専門として全国を飛び回っている人はいないんですよ。
松本 っていうことは、販路を広げることが思うようにいかないこともあると思うんです。協定を結んだことで、そういう販路の話とかもしていくと良いのかなと思っています。農協と協定を結ぶのって、勿論資金力や組織力を頼りたいっていうのもあるんですけど、やっぱり農協が盛り上がることによって、町内の農業者が活気づくっていう狙いもあるんですよね。
農家さんって農協に文句言うんですよ(笑)。でもね、文句があるっていうことはそれだけ期待もしとるし、自分に関係しとるけん文句が出るんですよね。関係してなかったら、文句を言う必要がないじゃないですか。
ほういう意味でも、やっぱり農協が活気づいてもらわんと。たとえ里山みらいで人材の育成が成功しても、ほれでは意味がないと思うんですよね。育成にも農協に関わってもらって、神山全体の農業が元気になるんが一番意味があるんちゃうかなって。
佐々木 最初は営業しても、「自分たちの所にこれだけの量しかないけん難しいなあ」って言よったんですよ。でも、農協さんが協力してくれるってなったら、どんどん営業してもいけるんちゃうかって前向きになりました。
昔、すだちが売れないときって、山の中に捨てられてたんですよね。それは寂しいとずっと思っていたんです。実ったすだちが全部売れるんだったら、1円でもお金になるんやったら、それが理想ですから。それが自分たちだけじゃなくて、町内全体に広がれば良いと思ってます。
後藤 農協としては生産者の方には生産に集中してもらって、生産力を維持していただくっていうのも大事なことなんですよね。しかし今後は、生産者の方にも一緒に営業に行ってもらい、販路を広げてもらうっていうのも、ひとつ良い流れだと思ってます。もうね、昔の考え方とは違って、その時々で色々な役割をお互いができるようになれば。
松本 一個一個繋がっていったら、これからやりやすいことも増えてくるよな。
後藤 そうですね。
ようやく将来に向かって、色んな取り組みができる
ー神山の農業は、どのように進んでいくのでしょうか?
佐々木 神山の農産物の根幹となるのは、やっぱりすだちではないかと思うんです。
営業行かせてもらっても、まだまだ浸透されてないんで、もっとチャンスはあると思っていて。これからは海外への輸出も、力を入れてやっていこうと考えてます。
松本 役場職員の立場としては、全部のものに公平にしないといけないっていうのがあるんですけど。それでも、僕もすだちやなあと思うんです。ほな梅やお米はどうなるんかっていう話は当然ありますが、すだちが収入を得られる作物であることと、生産量が日本一っていうんは間違いないんで。
すだちが神山の農業の牽引役になっていって欲しい。その合間にお米作ったり、他の花木を作ったりっていうのが望ましいんじゃないかなあ。後藤さんはどう思いますか?
後藤 そうですねえ。僕も立場があるんですけど(笑)。
一同 (笑)。
後藤 でも、やはり経営っていう観点で考えると、根幹となるのはすだちです。なんぼ他のものを育てても、生活ができないと結局は続いていかんので、意味がないと思うんです。
ほなけんて他の品目を捨てるわけではないんですが、全てを大切にしながらもすだちっていうんが中心にあって、そこから相乗効果で他の品目も売っていけるんじゃないでしょうか。
松本 生産者も減ってきてそれぞれがそれぞれで活動していく、っていうんではなくなってきとるんですよね。産地として力を持っておくためにも、やっぱり皆が協力していかないと。農協とかも流通の経路が昔とは変わりつつあって、不安もあると思うんです。
佐々木 タイミングもある意味でええんでしょうね。担い手の話にしても他の地域と比べたら遅いかもしれんけれど、10年前だとできてなかった気がする。僕らの年齢が揃ったんも要因としてはあるんじゃないかなあ。
後藤 色々な話がしやすいですよね。お互い言いたいことも言い合えますし。
松本 経験や年齢が、〝ええ感じ〟で揃ってるんかも分からんですね。
佐々木 僕らが5歳くらい若くても、立場的に無理だったかも分からんねえ。
松本 色々な要因が重なり、ようやく将来に向かって色んな取り組みができるんじゃないですかね。そういう意味でも、これからのことに可能性を感じています。