神山はいま

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研究者になりたかったふたりが想う神山椎茸
「神山でみんながいきいきと働ける農園でありたい」

令和4年 2月28日

「神山椎茸がいま頑張っているらしい。ぜひ行ってみたい」という町民さんからの声がきっかけとなり、町民町内バスツアー※1でお伺いするようになりました。訪れるたびに感心させられるのは、そのあたたかい歓迎ぶり。訪問する方に合わせて、楽しんでもらえるような工夫や準備をしてくれます。神山椎茸生産販売共同組合※2(以下、神山椎茸)で参事を務める糸山達哉さんと、主任を務める糸山(旧姓:神原)綾子さんにお話を聞かせていただきました。まずは おふたりの自己紹介と神山に来ることになった経緯から伺います。

糸山達哉(以下、達哉):佐賀県出身です。小さな頃から生きものが好きでした。"研究者になりたい"っていうのが夢で、愛媛の大学に進学しました。大学で妻(綾子さん)と出会って彼女から「実家のことが気になる」という話を聞いたのが、10年前ぐらいのことです。大学卒業後の進路について考えるときに、はじめて神山町のことを意識しました。

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糸山綾子(以下、綾子):生まれは愛媛県です。小学5年生のときに、実家の神山椎茸を父が継ぐことになり、徳島に引っ越して来ました。私も小学生の頃から自由研究に力を入れてやってきて、研究者になりたくて愛媛の大学に進みました。就職を考えるタイミングで、神山椎茸で働くことも選択肢として考えるようになりました。

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—神山椎茸で働くことになったきっかけは?

綾子:就職を考えたときに、実家がやっている神山椎茸を続けたいという思いがありました。それともうひとつ、学生時代に団体のリーダー役を担うことが多くて、友達関係とか上下関係に悩むことがあって。考えれば考えるほど、組織って何やろう?って考える機会が多かった。

いろんな規模の会社があると思うんですけど、結局、人が担う社会ってどうやって成り立っとんかな?っていうことにすごく興味が湧いたんです。いちばん身近な実家の会社で、組織や人の社会っていうものを学びたい。この100人規模の会社をどう組織していくべきなんだろう?って。就職活動のときに気がついて、神山椎茸で働こうと決めました。だから、ゆくゆくは神山椎茸を継ぎたいって私が主人にお願いした、っていうのが流れでした。

達哉:妻からの提案がきっかけだったんですけど、そもそも生きものを育てるのが好きだったので、いまとても幸せです。毎日椎茸の菌床ブロックの成長具合を見ながら「ふふふ」って。今日はちょっと苦しそうだなとか、いい感じだなとか(笑)。

僕の子どもの時代の記憶だと、九州では乾燥椎茸を見かけることが多かった印象です。だから妻に出会ってはじめて「椎茸って生のものから調理して食べられるんだ!」ってびっくりしました。また、持って来てくれた椎茸がすごい立派な椎茸やったんで、こんなんつくっとんやなって感動しましたね。ああ、この人のお父さんの会社は、すごくいいものをつくる会社なんやなって。

実際に入社してみたら、やっぱりそのとおりで。いまはお客さんへの営業や販売をしていますが、すごくやりやすいんですよ。いいものをいいですよって販売できるんは幸せやなって。お客さんがパッと見ただけで「いいな」と分かる椎茸になるクオリティーまで育ててきたおじいさんやお父さんたちはすごいなと思っています。

—おふたりはどのような仕事を担当されていますか?

達哉:僕は、大きく3つの仕事を担当しています。まずは、選果場の管理です。そして、広報と販売。あと、菌床ブロックをつくる仕事です。菌床ブロックは、ハウスに入れてから菌がしっかりまわって椎茸が生えますよ、っていう状態になるまでに3ヶ月ぐらいかかるんです。温度や光、二酸化炭素の濃度などの管理もやっています。

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「菌床の温度管理によって、椎茸の生育に影響が大きい」と温度モニターを見ながら語る達哉さん(神山町役場撮影)

綾子:私は、経理や社員の方の社会保障や雇用保険といったサポートを担当しています。また、ホームページや動画などの広報制作などにも携わっています。ホームページでは、椎茸の良さを伝えるだけじゃなくて、従業員の人がどうやって働いていたり、会社がどういう活動をしていたりとか、そういうことも伝えられるようにしたいと思っています。

達哉:神山椎茸のホームページには、椎茸の購入を目的で調べてくれる人もいれば、それ以上に取引先の人や就職を考えている人が見つけてアクセスしてくれているんです。お客様以外にも、多方面の方々に伝わるように意識してホームページをつくっていますね。

綾子:神山に戻って来たいと思っている方や、町外の人で神山やこの近辺に住みたいという方が、職がないからあきらめるっていうのも、すごくもったいない話だなって思っています。うちは仕事に幅がありますし、色々な方が面接に来ていただけると嬉しい。そういうところも伝えられたらと思います。

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綾子さんは、社員の福利厚生の管理などのデスクワークが多い(神山町役場撮影)

達哉:仕事がないというのは、過疎化のいちばんのポイントじゃないかと思います。やっぱり魅力的な仕事に人が集まるし、人が集まるところにお金が集まる。うちも利益を出さなきゃいけない会社だから、そういったところは意識しないといけないのかなと感じています。

個人的な目標ですが、従業員の人たちが結婚したいとか、子どもを持ちたいというときに、その選択肢を全力で応援したいですね。また、高校や大学への進学、そして就職のタイミングで、神山町から出て行ってる人が多いんじゃないかなと。その進路を決めるときに、神山椎茸で働くということが選択肢の中にあるというところに、まずはなりたいなと思います。

—とっても恵まれた職場環境ですよね。

達哉:僕のように実家が九州だと、帰るのにお金も時間もかかってしまいます。職場はできれば実家に近いところがいいでしょうしね。もし、仕事がないからという理由で神山を出て行かざるを得ない人たちがいるなら、そういう人たちこそ、神山椎茸で一緒に働いてくれたらいいなと思っています。神山にも居場所はあるよ、って。

—神山について感じるところはありますか?

達哉:実は大学生のときに、自転車でお遍路をまわったことがあって。それがいちばん最初の神山との出会いです。僕は旅行や昆虫が好きなので、国内はもちろん、インドネシアや海外のジャングル...いろんなところに行ってるんですけど、神山はどこを走っても、ちゃんと手入れされているまちだなと思いましたね。民家の庭先に木や花が生えてて、道路がきれいじゃないですか。すごい活気があるまちだなって。山で静かなんだけど、道々を見ると、明らかに豊かな人の営みを感じました。就職のときにもう一度ここに来てみて、やっぱりそれは間違ってないなと。

綾子:子どものときはまだトンネルがなかったので、旧国道438号の細い道を対向しながら来ていたんですけど、夜になるとサルが木にぶらさがって目が光ってたり、ちょっと不気味なところだなっていう印象でした。でも、トンネルができて、道が整備されて印象がガラッと変わって、主人が言ってたように、すごく整備されたまちになったなと。

—町民町内バスツアーでは、数年前よりよく訪問させていただいています。地域との関わりについてどのような思いがありますか?

綾子:会社の様子も地域との関わり方も少しずつ形を変えてきているので、その変化を地元の方にも知ってもらえたら嬉しいなと思っています。

達哉:僕らのことを気にかけてもらっているのが、嬉しいですね。来る前より椎茸をちょっと好きになって帰ってもらいたい。自分で収穫して、切って、料理した椎茸を食べて、美味しいと言ってくれるのが嬉しいです。みなさん、とっても褒めてくれるんですよ。子どもたちも「こんな椎茸食べたことない、世界でいちばん美味しい!」って言ってくれてね。うちのスタッフたちも同じことを思ってると思うんです。

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町民町内バスツアーの様子。毎回、訪問者に合わせた見学コースを考えている。(神山町役場撮影)

綾子:地元の方に「イメージとは違うかった」って言われるんが、すごく嬉しい。主要な道路から離れていることもあって、なかなか会社を見てもらうこともなかったし、接点を持ちにくかったっていう方もいます。いろんなイメージを持たれている方もいると思うんですけど、実際に仕事場を見てみて、社員みんなと接してもらって、「こんなんやと思わんかった」って言われることが多くて。それが嬉しいのと同時に、社員のみんなもこんなに頑張ってくれとんのに、イメージが伴わないのはなんでだろうと悔しくもあって。
そこのギャップを今後解消できたらなって思います。社員の人たちが、地元の友達とか親や親戚に「あそこの会社で働いとる」って自信を持って言えるようにしたい。さらに、「ほな、あそこの会社やったら安心やな」って周りの人から言ってもらえたら、とても嬉しいなと思います。

—これから、チャレンジしていきたいことはありますか?

達哉:うちの会社がやっていることと、目指している農園の姿をできるだけ広く知ってもらいたいなと。椎茸をつくって出荷しているだけじゃなくて、その木材の資源というのは、きこりさんが手入れして、つくり終わったブロックは、土に還って肥沃な土地になって、どんどん土が良くなっていってるんです。利益の一部は植林にまわしたり、森を良くする活動をしていたりして。いい椎茸が生まれる背景のほかに、つくる環境もいいし、つくっている人たちもいい。こういうものの集大成がこの椎茸なんですよ、と知ってもらいたい。どこよりも美味しい椎茸をつくるのが大前提なんですけど、話を聞けば聞くほどやっぱり神山椎茸がいいねって思ってもらえたら最高ですね。みんなに助けられていまがあるので、その恩返しじゃないけど、期待に応えられる人格へと成長して、いい仕事ができたらなと。

綾子:いい農園になるには、そこで働いてくれる人たちが活き活きと働いていける環境がいちばんだなと思うんで、社員の方たちがどう働いてもらえるのか、そういうサポートとかシステムづくりをしていかんとなって思っています。やっぱり会社は、社員の方がいないと何もはじまらない。私たちだけじゃ何もできないので、そこを大事にしたいなと思っています。

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研究者になりたかったおふたりが神山椎茸の未来を考えていると同時に、このまちで暮らしたいと願う人たちの居場所づくりにも取り組む姿を見て、いまの時代に合った新しい働き方や暮らし方を考えるきっかけをもらえたような気がしました。

※1:「最近、神山町がメディアで取り上げられているが、町内の動きが分からない」といった声から企画された町民のための町内をめぐるバスツアー。これまで70回以上開催。神山町役場総務課にて随時申込受付中
※2:神山椎茸生産販売協同組合ホームページ https://www.k-shiitake.com/

 

撮影:植田彰弘
編集:いつもどおり

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