神山町 kamiyama-cho

神山はいま

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産業観光課で働く男性が思う、町の変化と役場職員の役割
「町民のパワーが、今の神山の魅力の源」

平成30年 3月23日

広野出身の鳥庭宏さん。神山町役場で、産業観光課の職員として仕事をしつつ、町内の阿波踊りの連「桜花連」の連長も務められています。地元民と移住者、どちらの人たちとも深く交流されている鳥庭さんは、今の町の変化をどのように見ているのでしょうか?お話を聞かせていただきました。

やりたい放題させてもらった(笑)

鳥庭さん(以下 鳥庭) 広野出身で、神山町役場で働いています。
幼稚園から大学まで、ずっと名西郡内の学校に行っていました。
幼少期は、単なるガキ大将(笑)。地元の同級生に言わせたら、子供の時からいっちょも変わっとらんらしい。まあ着飾るつもりもないし、真っ直ぐに生きてきただけなんやけど。

神山町を出たいな、って思ったことは、あんまりないんよね。
田舎の長男坊で、「いずれは自分が家を継がなあかん」っていう思いがずっとあったし。
それと僕の家が、徳島市から神山町に入って1kmも行かん所なんで、神山に住んどるけど、生活の軸は徳島市とか石井町の方だった。

ほなけん、神山が〝田舎〟っていう認識も、あんまりなかったんかもしれん。
交通の便も悪いことないし、高校も石井の名西高校だったんで、自転車で行けたもんね。
神山に住んどったけど、広野と阿川以外の神山のことは、全然知らんかった。
役場に入る前は神領に来たことって、10回もないんちゃうんかな(笑)。

ー役場に入ろうと思ったきっかけは?

鳥庭 大学は、石井の農業大学に入ったんやけど、ちょうどバブルが崩壊して間もない頃やったけん、周りに公務員を目指す奴が多かったんよ。それで、自分もなんとなく、そういう道も良いかなと。まあ、自分の身近な環境の影響もあったんやと思う。
兼業農家やったし、周りの大人も勤めとる人が多かったんで、仕事に対する「これがしたい!」みたいなんが、そんなに思い浮かばんかった。ただ、農業っていうんは、有りかなあとは思ったこともあるんやけどね。

平成7年に役場に入ってからは、産業観光課に配属されて、かれこれ18年以上は同じ課(笑)。入った当時から神山町役場は、スダチとか梅を町外・県外に売りに行くんに、力入れとったんですよ。そうやって外に出て行っきょったし、知らんことを知る機会がよーけあったけん、仕事がホンマに面白かった。

最初のうちに、そういう環境に身を置かせてもらったんは、自分の財産にもなっとると思う。仕事の方向性は上が示してくれながらも、進め方とか段取りは、自分のやり方でやれたしね。極端に言えば、やりたい放題やらせてもらえた(笑)。

外に行って、話を聞かなあかん

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ー今は主にどういう業務を?

鳥庭 今は林業係。神山町では、上分や下分が林業地帯っていうイメージがあると思うんやけど、徳島市に近い所でも、良い檜が生産されとるんよ。
うちの実家の山も、杉よりかは檜が多い。今から30年以上前、僕がまだ小学生の時に、木を植えるんを家族みんなで手伝ったんよね。その時、爺さんから「お前の孫の代で銭になるぞ」って言われたんを、よく覚えとる。

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林業係は、森林組合と一緒に山の間伐を進めている。

今の林業は、木材価格の低迷とかいろんな問題を抱えとるけど、昔の造林施策が悪いとかじゃないと思う。むしろ、その当時の人は、自分たちの代でお金にならんのに、
孫の代を思って一生懸命木を植えたわけよ。その人たちの思いを大切にして、
今の僕らの代が頑張らなあかんわな。神山でも、少しずつ林業に従事する若者が増えてきとるけん、それはええ傾向になってきとるんちゃうかな。

ー「学生の時は広野しか知らなかった」と仰っていましたが、役場に入って何か気付きはありましたか?

鳥庭 役場入った時は、ちょうど桜花連も立ち上がって間もない頃で、少し上の先輩たちも面白い人がよーけおった。色んな人と関わってみて、神山の人の熱心さとか優しさとかに気付けたと思う。僕自身、桜花連の連長や少年サッカーのコーチとかもさせてもらったけど、ホンマに地域の人たちに大事にしてもらった。

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©Akihiro Ueta

町外の人からは、「周りを山に囲まれて、店も娯楽も少ない神山は、田舎やなあ」って言われることが多いけど、神山の良さを知ったらそんなこと気にならん。僕にとって、神山はホンマにええ町やと思う。

でも、役場の庁舎内だけで1日仕事が終わりよったら、神山の価値とかは分かりにくいと思うんよ。産業観光課は、神山のことを知らんかったら仕事も進まん。ほなけん、外に行って話を聞くことをせなんだらあかんし、その時に、神山の可能性とか問題点が見えてくるんよね。

だから、5分や10分の無駄話でも、外に行って話をしてくるっていうんは、ホンマに大事。外に行くからこそ、「神山のこんな所ってええなあ」っていう話と、「神山のここがあかんな」っていう両極端の話を聞ける。外に行かなんだら、そういう声は耳に入ってこんけんね。

住民発起型のイベントが増えてきた

ー今の神山をどう見られていますか?

鳥庭 仕事を通して神山を見よったら、今の神山はすごいな、と思う。
僕が役場入った頃の役場は、バブルが崩壊したんもあって、業務内容も予算も職員の数も、どんどん縮小していく傾向にあったんよ。

そういった時に、民間主導とか住民発起型のイベントが、どんどん増えてきた。例えば、各地区の夏祭りとかもそうやけど、「役場ができんのやったら自分やでしよう」っていう感じで。グリーンバレーの活動もそうよね。アーティスト・イン・レジデンスが始まった時も、役場は問い合わせの窓口や、補助金での支援とかのお手伝いだけで、実働の部分は住民が行っとった。

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下分七夕まつりの様子。

平成の合併で、神山はどこの町とも一緒にならんかったけん、財政的には元気ではなくなったかもしれんけど、住んどる人が元気な町として、外からはすごい魅力的に見えたと思う。新しいことを受けれ入れる土壌もあったというか、理事長の大南さんが言う、「やったらええんちゃうん」的な、神山が大好きで心の広い人が多かった気がする。

ー心の広い人が多かった。

鳥庭 そこに遊び心があったんちゃうかな。楽しいないこと誰がするん? っていう感じで(笑)。多分その時代は、ホンマに楽しかったんやと思うんよ。ほなけん、住民主体のイベントとか魅力のある町の土台ができあがって、20年前には想像できんかったことが、ここ5年くらいにいっきに起きた。且つ、そういった神山の流れに、国の言う地方創生の流れがマッチして、色んなメディアにも取り上げられて注目を集めた。これはホンマにすごいことよ。

ー印象に残っている出来事はありますか?

鳥庭 出来事っていうんではないかもしれんけど、移住者の人の中でも、家族でこっちに来て、子育てして、生活の軸を神山に移す人が増えてきたっていうんは、すごいことやな、とは思ったね。というのは、子どもたちにとって育った故郷っていうのは、大体一生に一箇所じゃないですか。生まれは東京や大阪かもしれんけど、その子の成長過程の基礎が神山になるっていうんは、すごいことでえね。

実際、都会の無機質な中じゃなく、神山みたいに四季を感じられる場所っていうのは、その子にとってのホンマの故郷になるんではないんかな。子育てする上で、神山を選んでくれた人が増えてきたっていうんは、町にとって大きなことやし、すごい嬉しく思うね。

あともうひとつ印象に残っとることでいうたら、つい先日、親しくしよる移住者の人に「神山に住んで5年にもなるんだったら、もっと神山町民として神山の為に働け!」って言うたんよな(笑)。そしたら、「そうやって言うてくれたん、鳥庭さんが初めてじゃ。今まで神山の人から言われた言葉の中で、一番嬉しい」って返してくれたんよ。
移住者を、いつまでも外から来たお客さんみたいに扱うんじゃなくて、同じ町民として対等に付き合っていくことがホンマに大事なんやな、ってその時にすごい感じたなあ。

勝手に化学反応を起こしてくれる

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鳥庭 ただ実際、神山町民で昼間は徳島市内に勤めにいっきょる人とかは、神山で起きとることを殆ど感じられてないと思うんよ。神領に住んどる人でも分からんし、広野や阿川の人たちからしたら、もっと分からん。
阿川に住んどる後輩は、二軒隣の家に移住者が来とることも知らんかった。「え!! ほんなん来とん!?」って。ほら、町外に仕事に行って、夜にもんてきてっていう生活だったら、接点もないわな。これが現実なんよ。

神山におる7、8割くらいの人は、そういう感じなんちゃうかなあ。
ほなけん、神山で起こっとる出来事を、もっと住民に知ってもらわなあかん。
もっと住民に歩み寄るっていうか。その為に、つなぐ公社とかもあると思うんやけど、やっぱり、実際に見たり話したりせな、分からんこともいっぱいあるでえな。
皆、お互いに知る機会がないだけやと思うんよ。

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数年前に行われたファシリテーター講座時の写真。この頃から、少しずつ移住者に関わる機会が増えてきたという。

今、神山は面白い町になってきとると思うよ。元々、住民に活力があって、色んな人が増えて多様性もあるけん、町自体にポテンシャルがある。皆、それぞれできることを頑張ってくれよるし、そういう町民のパワーっていうんが、今の神山の魅力の源やと思うんでね。

ー鳥庭さんが言う神山の面白さっていうのは、元々の住民発起型という所にも重なる?

鳥庭 僕はそう思っとる。やっぱり住民が元気な町っていうのは、ホンマに良いと思うんよ。住民が力をつけんかぎりは、町の発展はありえんでしょ。「皆、どんどん稼いでくれ」ってくらいな感じ(笑)。住民では解決できん部分を、役場が支援できたら良いわけやけんね。

移住してきた人たちには、神山の役に立ちたいって思っとる人が多いし、地元のすだちの専業農家とかも、ええもん作ろうと努力しとる人がいっぱいおる。お互いが知り合っていったら、新しい売り口ができるとか、もっと面白くなる要素もあるとちゃうんかな。

僕やはそういう人たちを繋げていけたらええよね。出会う機会さえあれば、あとは移住者と地元の人が、勝手に化学反応を起こしてくれると思うんよ。役場の職員は、皆と知り合いなだけで、何の技術も持っとらし(笑)。皆が、〝何か〟を起こしてくれると思うけん、これからもそういう場を、僕は作れたらええかな。

 

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