【第1話】遠國優さん/和柑橘とおくに


とおくにさん写真

遠國優(とおくに さとる)和柑橘とおくに
山口県出身、2020年神山町へ移住
 

第1話は、2021年に新規就農した遠國優さんです。
インタビュー取材時、遠國さんは早朝から畑に入り、援農アルバイトの方々と一緒に作業を行っていました。今年も8月上旬の収穫シーズンが始まり、「やった!という感じですね。1年に1回の収穫なので、人が来てくれてわいわいできたら、もうそれだけで嬉しいです」と周りの方に気を配りながら、全力で収穫を楽しんでいる様子でした。
 

援農を通じて出会った、神山町とすだち

すだち農家として就農して5年目。今では「すだちのトゲが刺さったら、“ああ、すだちやってる!”となるくらい好き」と笑顔ですだち愛を語る遠國さんですが、若い頃は都会の方へ目が向いていたとのこと。どのように農家という生き方に辿り着いたのでしょうか。


遠國 20歳の頃、地元山口から名古屋へ出て、しばらく工場や営業の仕事をしていたんですけど、途中行き詰まってしまって。そんなとき、携帯をいじっていたら「農業」というワードが出てきて、とにかく行こうと思い立ちました。実際に農家のアルバイトに行ってみたら、汗が気持ちよくて、自分に合っていることに気がついたんです。そして、いつか自分にもできるんじゃないか、と思い始めました。

そこで、経験値を稼ぐために、5年ぐらい全国の農家を回ってみることに。収穫といった花形の仕事だけでなく、努力されている農家の裏方の仕事も経験して、何がきついのか、何が儲かっているのかということを勉強しました。大規模農家に行って、1ヶ月間に7町、8町(約7〜8ヘクタール)の面積を1人で草刈りしたことも。きついことも知った上で、やりたいという思いが残りましたね。

とおくにさん援農
お茶畑で援農をされていたときの様子


ー援農を通して、農家という働き方が遠國さんに合っていることに気づかれたんですね。神山町に来られたきっかけは?

遠國 一番初めに神山町を訪れたのは、2019年7月頃。鬼籠野ですだち収穫のアルバイトをして、その時に後継者不足のことなど、いろいろ話を聞きました。
数ヶ月滞在し、摘果摘葉(品質向上や生育促進のために不要な果実や葉を間引く作業)と、収穫、少しだけ裏方の仕事までやりました。その後、他の地域にも援農で滞在したけれど、結局神山に戻ってきました。


ー 神山に戻られたのは、何か魅力を感じたのでしょうか?

遠國 そうですね。山と川、あと田舎暮らしに憧れていたので、神山という場所が僕らにとっては、最高の環境でした。 
僕はごちゃごちゃした都会ではなく、できる限り人の少ないところに住みたかったんです。神山町は、(当時)5000人弱と人口の少ない町だったのがよかったです。

とおくにさん川
遠國さんお気に入りの鮎喰川の風景

ーいろいろな地域をまわり、最終的にすだち農家を選んだ理由は何だったのでしょうか?

遠國 一番は、後継者不足だったこと。いいすだちを残したくて、少しでも僕が守れたらと思いました。次の世代に伝えるようなことがしたかったというのが理由です。 

あと、40代半ばで新規就農だったので、他の作物の場合、糖度を比べて競いながら、広い園地で作っていくっていうのは、ちょっと大変だなと。一方すだちの場合は、これから辞められる方が多く、小さな園地が余剰しているという状況にあり、これから始める自分でも入っていきやすいイメージがありました。
また、果樹は手作業でしかできないこともあるので、その分設備投資が少なくてよかったです。資金面も安く済み、とても始めやすいと思います。


とおくにさん農園
丹精込めて育てたすだちの実は、一つずつ手作業で収穫される

 

とりあえず神山に飛び込んだ、すだち農家としてのはじまり

すだち農家になることは決めたけれど、「当時何もプランがなかった」と話す遠國さん。「農地もなければ家もないんですけど、とりあえず来たらやれるでしょう」と、持ち前のフットワークの軽さとポジティブさで神山へ移住を決めましたが、その眼差しには強い意志や覚悟も感じます。


ー神山では、家や農地はどのように見つけていきましたか?

遠國 とりあえず神山に飛び込もう!みたいな感じで、移住交流支援センター(※)で紹介されたお試し住宅に入りました。来た当初は生活のために、町外にある農業会社に働きに出ていました。 
町内での仕事を探しているうちに、当時たまたま神山に住んでいた妻の親戚のつてで、すだち農家の長尾さんを紹介してもらって。長尾さんと知り合ってから、使われていない園地を紹介してもらったり、長尾さんが荒れ地を準備してくれて、ここに苗を植えないかと声をかけてもらったりしました。
※移住交流支援センター:NPO法人グリーンバレーが運営する神山町移住交流支援センターが、神山町役場と協働しながら1件ずつ住まいのサポートを行っている。

長尾さん
神山グリーンファームの代表、長尾英智(ながおひでとし)さん。約20年前に「下分すだち研究会」を立ち上げ、以来、神山のすだち
農業の担い手のひとり



ー アルバイトの経験はありつつも、すだち農家としてはほとんどゼロからのスタートだったと思います。どのようにやり方を学んでいったのでしょうか?

遠國 神山に来る前に全国を回り、農家の裏方もだいぶ経験していたので、最初から僕だったらできるという自信がありました。とりあえずやってみて、自分で調べて、詰まったら師匠である長尾さんに聞きに行っています。悪い実ができたら持っていったり、自分の園地に来てもらって教えていただいたりすることもあります。


ー遠國さんにとって、長尾さんとの関係はどのようなものでしょうか?

遠國 もう親子のような関係くらい、密にやりとりしています。長尾さんには、実際の息子さんもいらっしゃるんですが、先日「5年間付き合っていて、息子と同じ感じでわしは見とる」と言っていただいて、こんな風に思ってくれていたんだと…。


ー素敵な関係ですね。すだち農家同士のつながりは、他にもありますか?

遠國 長尾さんの息子さんが取り仕切ってくれて、収穫前後の年に2回ほど、新規就農した農家が集まって、悩みごとを共有したり、今後の売り先のプランを練ったりしてます。いろんな話が飛び交っているので、情報を得るのが早くなりますね。
売り先については、例えば「僕らで組んで東京に出すためには、今の僕の実力じゃちょっとついていけないので、あと2、3年ちょっと待ってください」みたいなこともありました。そうやって、少しずつ目算を立てていきます。

とおくにさん収穫様子

 

すだち発祥の地を守りたい、これからの思い

すだち農家をやっていて良かったと思う瞬間を聞くと、「5月にすだちの花が一面真っ白に咲くんですけど、それを見た瞬間はもうなんとも言えない気分になります。多分つくっている農家しか味わえないので、とてもいいです。」と話す遠國さん。すだちがある神山の風景を守る農家のひとりとして、これからのことについても聞きました。


ー今どのくらいの園地を持っていますか?

遠國 今、すだちの園地面積は1町(1ヘクタール)を超えていますね。
すだち畑が荒れ地になってしまう前に、新規就農する人のためにもすだちを植えていきたいので、チャンスがあれば増やしたいと思っています。

とおくにさん農園2

 

ー1人のすだち農家として奮闘されているところだと思いますが、すだち産業全体として見たときに、高齢化が進んできて、園地や就業が減ってる現状についてどう感じていますか?

遠國 このままだとまずいっていうのは、もうひしひし感じています。
需要と供給のこともありますが、生産者が減るとどんどん悪い方向に行くんじゃないかなって。みんなは生産量が減るとすだちの単価が高くなるから、農家としては良いんじゃないかって言ってるんですけど、僕はそうじゃないと思っています。
神山に人がいなくなると、日本一の生産地は徳島県の他地域に変わると思います。でもやっぱりすだちの発祥は神山なんで。 


ーこれからやってみたいことなど、今後の展望を教えてください。

遠國 すだち農家は後継者不足なので、1人でも多く、すだちをやりたいという人に神山へ来てもらい、すだち発祥の地の神山を守っていけるように、そして農地を荒らさないようにできたらなと思います。

とおくにさん農園3
 

遠國優さんおすすめ!すだちの食べかた

僕はよくスポーツ飲料にすだちを入れて飲んでいます。夏バテ防止や熱中症予防におすすめ。他にも炭酸水やビールなど、どの飲み物に入れてもすごく爽やかになります。

とおくにさんすだち使い方