神山はいま

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農業に取り組む男性が関わる、
高齢者見守りサービスと受け継いでいきたいもの
「今の神山には、勿体無いものがいっぱいある」

平成30年 1月30日

神山町下分出身で、28歳の時にUターンした近藤章仁さん。実家の農業を継ぎ、ご家族で収穫や出荷に取り組む傍ら、神山町内にサテライトオフィスを構える、株式会社代官山ワークスの新しい事業「tomos-灯す-」(高齢者の配食・見守りサービス)にも関わっています。地元出身者として、町の新しいサービスにどういう思いで、取り組まれているのでしょうか。お話を聞かせていただきました。

農業への思いは中学からあった

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近藤さん(以下 近藤) 元々、祖父母が専業農家、両親が兼業農家だったんです。
小さい時に収穫とかをよく手伝っていたのもあって、
自分も農業の道に進みたいという思いを、中学生の頃から持っていました。

ただ、その頃の神山では、農業で収入をあげるんは、結構大変なことだったと思うんですよ。道の駅も当時なかったんで、販路も今ほど作りやすくはなかったはずですし。
だから、「農業をやってみたい」っていうのを、具体的には口にはできなくて(笑)。
両親や兄からも、ちゃんと就職率の高い高校に行け、と。
なんかもう言われるがまま、徳島市内の工業高校に行きました。

高校からは実家を出て、広野の団地で兄とふたりで住むようになったのもあって、
家の農業からは、少しずつ離れていくようになりましたね。

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近藤さんの自宅から見える景色。

ー農業への意識が再燃したのは?

近藤 就職した時ですかね。高校卒業して、兵庫県の方に就職したんですけど、なんか全然物足りんというか。仕事は楽しいし、モノもすごいありふれとって全然不自由はないんですけど、やっぱり自然がないんで、窮屈やなあっていうんはずっと思ってて。

やっぱりそれは、小さい時に実家の農業を手伝いよったり、
虫とかに触れて遊んどったんが、すごい楽しかったっていうんが大きいんでしょうね。
それで、23歳の時に徳島に帰ってきて市内で仕事を始めて、28歳の時に実家の農業を継ぐ決断をしました。

その時の実家の畑は、草刈りもできてなくて、結構放置されてたんですよね。
せっかく良い物を作りよったし、土地も肥えて良い状態やのに、それを利用できずに自分やの代で壊してしまう。それはホンマに勿体無いって、改めて思ったのがきっかけのひとつです。

帰ってきた当初は、道の駅の出荷や収穫をしてました。
それが安定して、自分のなかでこなせるようになってきてから、ジュースの方にかんでみたりとか。

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近藤さんがNPO法人「里山みらい」と共に作成した、特製ドリンク。
地元産の棚田米を使った甘酒に、特産のスダチをブレンドしている。

ージュース?

近藤 母親が清涼飲料水製造の許可を取ってたんですよ。
昔、近所の人に作ってもらったしそジュースの美味しさに、すごい感銘を受けたらしくて。
これを色んな人に伝えたいという理由で、とりあえずその許可を取ったらしいんです。
たったそれだけの理由で、って感じですけど(笑)。でも、せっかく持ってる許可やし、使わんかったらそれも勿体無いしということで、今も新しい商品の開発とかをしよるんですけど。

実家に帰ってきて2年後くらいには、石井町の農業大学にも通いました。
アグリビジネススクールっていう、就農の基礎が学べるコースがあるんですよ。
そこで座学と実技の講習を受けて、自分でもうまくやっていけるかなあって思いましたね。

今までは自分の祖父とかに、
「これ撒いとったらどないかなるわ」って教えてもらいよったんですけど、
「その理由は?」って言うても誰も答えてくれんかったんです(笑)。経験だけで話しとるんですよね。でも学校行ったら、その仕組とかその理由を教えてもらえたんで、すごい為になりましたね。

今、帰ってきて4年目ですけど、まあ収入も生活できる分はありますし、そんなに大儲けしたろっていう感じもないんで(笑)。実験ではないですけど、まだ色々と試している段階ですね。

やっぱりやってみな分からん

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ーtomosという、お弁当の配食サービスにも関わられていると伺いました。
実際にやってみてどうですか?
※神山町内にサテライトオフィスを設置する㈱代官山ワークスが、2017年5月より開始した、お弁当の宅配と高齢者の見守りを兼ねた新しいサービス。

近藤 すごい楽しいですね。元々、人と話をするんが好きだったんかもしれないですけど。
やっぱりお年寄りの方って、年齢を重ねとるだけあって色んなこと知ってますし。
畑のことでちょっと僕が困っとっても、すぐアドバイスくれたりとか。
逆に僕は最近の話をしてあげてね。「スマホっていうんはこうやって使うんでよ」とかね。
で、話をし過ぎて、配達時間が遅れていくっていう(笑)。

tomosは事業的にもすごく良いと思います。
お年寄の見守りっていう面でも、食事のサポートができるっていう面でも。
実際、ひとり暮らしされとる人のご家族も、毎日は来れないと思うんですよ。
でも、かわりにtomosがお弁当の日だけでも様子を見に行けるんで、負担が少なくなるというか。

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ー新しい取り組みに対して、近藤さん自身抵抗はなかったんですか?

近藤 僕は全くないですね。今までにないことって、やっぱりやってみな分からんじゃないですか。だから、なんでもかんでも拒否したり非難ばっかりしよっても、前には進まんので。どんな話でもとりあえずやってみる、っていうんが大切やと思っています。

そういう意味では、今、代官山ワークスの代表の丸山さんの情報で、
新しい野菜をうちの畑で作らせてもらったりもしてるんですよ。
それは、今までになかった新しい販路を見つけてくれているんで、すごくありがたいです。

それをね、僕でも作れるってなったら、近所の人も作っていけるじゃないですか。
それで、神山のおじいちゃんおばあちゃんに、もっとスポットがあたっていけば良いと思うんですよ。

いや、ホンマにすごいんですよ。隣の家のおじいちゃん。
杖つきながら、畑で作業してますし。しかも、僕なんかに比べて野菜の出来が全然違う。
無農薬で、見た目も味もすごい良いお野菜を作るんで。
「おっちゃん、何でそんな一生懸命に畑とかするん?」って聞いたら、
「いやいや、そこに畑があるけんじゃわ」って(笑)。めちゃめちゃかっこいいですよね。

でも、まず僕が作ってみないことには、「おっちゃんこれ作ってみん?」って言えないじゃないですか。だから、とりあえず僕がやってみて、広げていけたらって思ってるんですけど。

一緒の町で働きよったら、一緒やん

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ー今の神山をどう見られていますか?

近藤 うーん…。住みやすくなっとるかっていったら、そんなに変わってないような気もするんですよね。
テレビとか新聞とかでよく取り上げられてますけど、何でこんなに注目されとんか、不思議というか。ほれが良いんか悪いんかっていうたら、僕的には全然良いと思うんですけど…。

町の変化をどう受け入れるか、ですよね。
僕は外の人にどんどん来てください、っていう感じなんで、受け入れるんですけどね。新しい取り組みがあったら一緒にやってみたいですし。
でも、中には受け入れん人もいますしね。どう見えとるかっていうんは、ホンマに難しいですね…。

僕個人の考えとしては、とにかく”よく分からない”っていうのが結構大きい気がします。
何でこれだけメディアに出るようになったんか、もそうやし、
サテライトオフィスで来た県外の企業が何をしよんか、もそうやし。
でも、分からんけど否定的では全然ないんですよ。

ー分からないけど、否定的ではない。

近藤 はい。
というか、外から来た人も昔から中にいる地元の人も、基本的には一緒だと思うんです。
神山におったら、皆、神山の人やし。一緒の町で働きよったら一緒やん、みたいな。
そこは区別がなく、フラットなんですよね。

そこを、あれは嫌だこれも嫌だ、って言うとっても話は全然進まんし、見えてくるものもないでしょうしね。
今日みたいに僕がこうやってお話させてもらうんも、tomosに関わってなかったら、なかったことかもしれないですし、tomosを通じて知り合った人も沢山いますしね。

僕は、さっきも言うたように、自分の家の畑のこともそうですけど、
今の神山には、勿体無いものがいっぱいあると思うんですよね。
おじいちゃんおばあちゃんのこともそうやし、空き家になっていく家もそうやし。
根底には昔の人たちが作ってきたものに対しての、リスペクトがあるんです。
そうやって何年もかけて培ってきたものが、失われるんが惜しいんです。

その為にも、同級生とかにはUターンで帰ってきて欲しいし、外から来てくれる人もどんどん町に住んでいけば良い。古くからあるものを、皆で受け継いでいけるようになれば、と思うんです。神山には良いものがいっぱいある。それが廃れていくんは、やっぱり嫌ですしね。

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